ムシキング

夏の夜の涼しい風。夏はクーラーじゃなくて窓を開けて外の風を入れるに限る。そとの夜更かしした蝉の声とか花火の音を聞くのもいいものだ。そんな夏の夜のこと。

扇風機にあたりながら麦茶を飲んでいると、ふとカーテンの下に黒い陰が見え、カーテンの後ろに引っ込んだ。身の毛がよだつ。あの大きさ、あのスムーズな動き、間違いない、『ホームステイ』だ。

部屋を放棄したいのを堪えて、C兵器を持たない僕は片手に雑誌を、片手に勇気を持って様子を伺った。援軍は頼めない、目を離して姿を暗まされるとあとあと厄介だ。

『僕がやるしかない』

決心したものの、どうしていいものか。本当に僕にやれるのか?

既に行方を暗ませていたらどうする?黒い存在に脅えながら一晩過ごせるのか?かといって見なかったことにできるのか?

『逃げちゃダメだ』

そう思いながらも視線と体は動かない。

 

 しかしどうしてこんなことに。確かにここ二週間は忙しくて部屋の掃除は全くできなかった。しかし、忙しいからこそ料理する暇などなく、奴が寄ってくるような要素はなかったはずだ。

『一匹見たら十匹いると思え』という先人の言葉がある。しかし、これは巣を作るような食料がある部屋に当てはまる話であって、何もないうちでそう何匹も生息できるはずがない。しかもさっきの影の大きさからして成体、WildTypeに違いない。

『つまり、奴は来訪者』

これこそ不幸中の幸い。奴さえ始末すればこの部屋に安息の日々が帰ってくるはずだ。この恐怖も今だけのものに変えられる。

そう思うと右手にも力がみなぎる。

『大丈夫、勝負は一瞬だ』

自分に言い聞かせながら、ふつふつと勇気もみなぎる。

 

また夜風がそよぐ。カーテンも夜風に泳ぐ。僕も呼吸を整える。奴がいるはずのカーテンの隙間を凝視する。、風に揺らぐカーテンの陰隠れて姿は見えない。

また風が吹く。カーテンも揺らぐ。カーテンの影も揺らぐ。

 

 

過去に見えない敵を相手に独りで奮闘したことが2回ほどある。ちょうど5年前と4年前だ。そのときは20分とは言わず一時間以上の耐久戦になった覚えがある。5年前は援軍まで呼ぶ騒ぎになった。

20分で現実を再認識できただけでも、成長したといえるんだろうな、うん。