昇華

 僕が19歳になった頃は、ちょうど浪人をしていたときで、寮に入りながら東京の大手予備校に通っていた。第一志望は、譲れなかったので。

 高校の頃に塾か通信教育の電話勧誘があったときに、今やっておかないと浪人することになってしまいますよ、みたいな煽りに対して半ばやっつけに『いや、浪人も人生勉強の一つです』と言い切ったこともあって、ある程度覚悟の上での浪人生活であった。それでもやはり、同学年の現役合格者が大学生活を満喫している裏で、せこせこと高校の内容を勉強するわけだから、日陰の涼しさと閉塞感があった。

 そんな生活の中で、やはり寮の仲間は非常に励みになった。気分転換をしたり、刺激を受けたり。

 仲間の中にGという男がいた。

 一言で言えばいい奴であり、二言目には痛い奴という印象だ。いや、痛いがいい奴なのだ。しばらく連絡はしていないが、ちょっと電話してみようかと思えるような男だ。そして、ちゃんとフォローしてやらなくては、と思える男。考えてみると、今まで自分の周りにはそんな男ばっかりだったような気もする。

 血気盛んな年頃の男達が寮に入り勉強しているわけだから、やはりどこか不健康な空気が醸し出されてくるものだ。それを清浄するためにも、アイドルのグラビア誌などを持ち寄り、恋慕や侮蔑、嫉妬、心酔、無関心など、あらゆる感情の混じった議論を闘わせることになる。それによってなんとか社会的に容認される理性を保つのが当時の男子予備校寮生というものだった。

 そんな中、彼だけは違った。

鈴木亜美がかわいいと言い張っているところから周りと違っていたが、それ以上に、さまざまなグラビアを眺め、周りの人間達がこの娘がかわいい、こいつはダメだ、などと騒いでいる中で、意を決したように自分に言い聞かせる。

 『畜生…勉強してやる』

 そう言うと、自分の部屋に帰っていき、教科書を開くのだった。何が悔しかったのかについては結局誰も分からず仕舞いだ。彼の顛末については想像に任せることにする。

 フォローは重ねれば重ねるほどに効果を失うというが、彼の名誉と正確な認識のために追記するが、いわゆる変人ではない。社交性もあり、感情もしっかり表に出す。そして何よりも正直であった。そんな彼の台詞であったからこそ忘れられないのだ。

 悔しさを勉学に昇華させようというその純粋な姿勢は今でも賞賛できるし、この台詞を呟いたりしてしまうこともしばしばである。