『ウッドストック』
と聞いて浮かぶものが三つある。
一つはスヌーピーの友達の黄色い鳥。
一つは象徴的なロックイベント。
もう一つは京大のサークルの名前。
『ウッドストック』は野球のサークルだったと思うけれど、自分のイメージの中では学園祭のステージを盛り上げるサークルだ。
そのイメージが出来上がるまでは少し時間がかかったけれど。
彼等はステージの前で酒を飲んだりして盛り上がる。
酔いの勢いに任せてステージに上ってみたりする。
運営側としては非常に困る存在だと思っていた。
しかし、彼らからすればステージが進行するからこそ盛り上がれるのであって、こちらからすれば盛り上がってもらえないパフォーマンスは失敗と言っていい。
完全に崩壊してしまっても、完全に予定調和に進んでも、どちらもお互いにとっては望まない結果だ。
そう考えると、彼らをうまく盛り上がらせるというのも一つの視点としては必要なんじゃないかと思うようになった。
要はバランスであろう、と。
そういう観念的な話はいいとして、最近ロックイベントの方の『ウッドストック』の動画を見る機会があった。
設備も不十分そうな手作りのステージで演奏するミュージシャンとか、ヒッピーさん達が押し寄せてくる様子だとか。
あとは象徴的な、フェンスが破られてフリーコンサートになっていくところとか。
ネットもない時代に、なんでこんなに人が集まったんだろうか?とか『20世紀少年』に通じるような疑問も持ちつつ、さらに一つの疑問が浮かんだ。
前述のウッドストックの語源はいったいどこにあったんだろうか?
少なくとも、『ウッドストック』と聞いて浮かぶのは鳥かフェスである。
深く考えずに、かわいらしくキャラクターの名前をもらったんだろう、程度しか考えてこなかった。
というか、ちゃんと気にしたことが8年ほどなかった。
それが、フェスの動画の見ていて、押し寄せてくるヒッピーさん達とサークルの酔いどれ達がどこかでリンクしたのだった。
もしかしたら、こっちの方が由来になってるのかもしれない。
そう思ったら、学園祭のステージに全てを賭けてくれるような姿勢にも納得がいく。
彼等は学園祭のステージでウッドストックを彷彿とさせるような盛り上がりをみせるために存在しているサークルなのだ。
それにすら気付かずに運営していた自分に対して、真摯なる自己批判をすべきだった。
今はもう何ができるというわけではないけれど、そういう精神を持った若人がいたというだけで満足だ。
でも、なんで彼等はいつもは野球をしていたのだろう。